舞台『ダブル』に赴いた感想を振り返る(2023.4 現場記録)

も~~~のすごく今更ですが、せっかく頑張って書いていたので公開します。舞台『ダブル』の感想です。

発表時の心境

本作、あまりにも高確率で己の嗜好に都合がいい場になることが分かっていた。発表の時点で。
大好きな原作、紀伊國屋ホール(舞台化の場としてこれ以上ないほど意味のある劇場)、中屋敷演出、玉置玲央(初めて観た際度肝を抜かれたとんでも役者)、井澤勇貴(子役上がりジョニーズ経由芸能人という設定にピッタリすぎる)……。もう、とにかく条件が揃いすぎていた。
だからこそ。最後のピースである主人公かつ天才役者・宝田多家良役:和田雅成というキャスティングがあまりにも想定外で謎の苦しみを抱えることになったのだけど、これはひとまず置いておこう。
色んな意味で初日、わたしは戦いに赴くかのような気持ちで新宿に向かったのでした。

あまりにも愛に溢れた会場ロビー

で。紀伊國屋ホールに着くと、なんと!!原作でも登場した『初級』のポスター(しかもカラー)が!貼られていた!!!!!!

そして作中で描かれた紀伊國屋ホールをはじめとする、初級編の複製原画の数々。上演前の会場だけでこんなに愛が溢れた現場、ある??と同時に昨年の夏、同じ劇場で『初級革命講座 飛龍伝』を観劇し狂っていたわたしはやっぱり初級編もやるんだァ……!とよだれが出そうだった。
さて、わたしはつか作品も初級も好ましく思ってはいるが別に有識者な訳ではないので(『熱海殺人事件』も今年はじめて観たよ)、以降はただ単に原作が好きで、たまたま去年『初級』を観劇した経験があるだけの、そして多家良と友仁への感情を持て余しているいちおたくの感想です。

多家良の部屋に凝縮された『ダブル』のすべて


舞台『ダブル』はいわゆる「原作通り」に物語が進んでいくタイプの作品ではなく、原作の要素の再構築を多家良の住むマンションの一室ですべて行う、という試みだった。個人的に唸ったポイントが以下(ツイート一部嚙んでるけど気にしないでほしい)。

「何も取りこぼさずすべてをあの一室で料理する」という執念はある意味変態的なほどに感じた。すごかった。

玉置玲央を通して理解する鴨島友仁の芝居

れおさんの友仁は思っていた以上にねっとりしていた。多家良に対する世話の焼きかた(でろでろに甘い)、後半であらわになる嫉妬心、そして芝居まで。中でも「鴨島友仁の芝居」って原作中でも"よく勉強しているがそれだけだ"と評されている(by黒津監督)訳だけれど、それを生で観たらこんな感じなのか……と実際に「体感」できたことにものすごくゾワゾワした。やっぱとんでもねぇお人みたいだ、玉置玲央さんは……
あとは何といっても山崎の台詞を口にする友仁さんがあまりにも生々しくてたまらなかった。「嫉妬しちゃうんです」を繰り返すうちに、じわじわと友仁の心情が乗っかっていくさまがまあ……


轟九十九と友仁

いざわさんの轟九十九、どこまでも最高だったなーー!!!!!!!
友仁に初級の冒頭(前説)をやってみせる場面、初日が完全に去年の夏に観た大石さんそのまんまだったのが非常に面白かったのですがそれは置いておいて(最終日には完璧な「酔っぱらった轟九十九による前説」だった。とても正しい。)、特に友仁との関係性を丁寧に描いてくれていたのがとても良かった。


いざわ九十九の山崎観たかったよ……

さいごに 和田多家良への感情


正直に言って、わたし個人としては和田多家良が理想の多家良だったかというと、否だ。ただこれはわだくんだけがどうこう、という話ではなく、玉置さんが作り上げたのがあの"ねっとり"友仁さんだったということとか、再構成の結果『露命』で役を通して友仁の嫉妬心に自ら気付く場面が無くなっていたこととか、さまざまなことが影響しているようにも思う。特に友仁の嫉妬心まわりのエピソードは原作での多家良の持つ聡さとそれにさほど気づいていなさそうな(個人の解釈だよ)友仁という構図が見える*1好きなところだったので、前述したように再構成の上手さに脱帽すると同時にちょっと残念に思ったところでもある(これはたぶん解釈の好みの問題でしょう)。
ひとつ、思い返してみるとわだまさなりという人は透明であれる人なのです。濃いめのキャラを演じているのが目立つ(特にわたしが好きで観ているのが長谷部とお肉様だし)故なんか忘れかけていたところがあるんですけど、ご本人がもともと持っている空気とか、あとまあビジュアルもそう。とても透き通ってきれいな人だ。そして、時折かなり繊細な心のゆらぎを感じさせることもあるし、そういう心を解する人だとも思っている。そういう「透明さ」「ゆらぎ」がこの役に求められたものだったのかもなあ、ということが、最終日、"宝田多家良に色やイメージはまだいらない"という冷田の台詞を音で聴いたときに急にすとんと落ちてきたんですよね。いくらでも水を注いでやるつもりの友仁と、全部を受け取ってしまう透明な多家良。最初から原作以上にそういう2人だったのかもなという結論である。
思い入れの強い作品の舞台化観るのってむずかしいな~~!と改めて思った作品でした。でもおもしろいね。演劇LOVE!!!

*1:もっといえばコミュニケーションに不器用な多家良が「役を通して」他人を理解する、しようとするという彼の特性の一端をよく表しているエピソードなんだと思っている